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「上野村」という選択 !

自然環境だけではない、
「最強の村」の秘密を徹底解剖 !

Iターンが人口の2割を占める上野村。「18歳までの医療費が無料」、
「中学生は必ず海外に行ける」、
「保育費も格安」など、充実した住民サービスと、それを支える村の力。
村で活躍する二人との対談で、
魅力あふれる村の実像に迫る!

PROFILE

小池 銀太さん

小池 銀太 (こいけ ぎんた)

【生年月日】

昭和60(1985)年生

【経歴】

平成20(2008)年3月 東京農業大学 農学部畜産学科 卒業
平成20(2008)年4月 コインパーキング会社に入社
営業として新規開発業務に従事
平成23(2011)年9月 上野村農業協同組合 入組
営業、いのぶた事業の業務に従事

飯塚 紋子さん

飯塚 紋子 (いいづか あやこ)

【経歴】

中学まで上野村にて過ごす。
高崎東高校卒業。
その後、東京の専門学校を卒業し、群馬へ。
高崎で会社員を経て、
平成23(2011)年に上野村へ戻り、上野振興公社に勤務。


「自然」だけじゃない上野村

達夫ほんとうに、いつ来ても緑が濃いなぁ。

小池目にしみる感じですかね。

達夫そうそう。しみる感じ。空気にもなんだか香りがあるっていうか。

飯塚森の香り?

達夫だよね、これ。ほんとうに気持ちがいい。上野村の魅力っていうのはいろいろあるけど、厳しい反面、この自然環境は、ほかではなかなか味わえないよね。

飯塚「なにもない。でも、なんでもある」、なんです。たとえばここ(広場)は、冬になるとコタツをならべて、そこで暖まりながら星空を見る。都会じゃむずかしいですよね。

達夫え、冬に屋外で星を眺めるんだ!しかも、コタツに入って!?すごくいいねー。

飯塚けっこう人気なんですよ。

達夫だろうなぁ。

そういう自然の素晴らしさはもちろん、ただ「自然がある」というだけではない上野村のすごさを、きょうはお二人にお聴きしたいと思います。

この自然環境は、
ほかではなかなか
味わえないよね。

見方を変えると「総合職」!

達夫今、Iターンの方は、何人くらい?

小池230人(平成30(2018)8月1日現在)います。

達夫村の人口の2割くらいかぁ。
Iターンの中で一番長い人って何年組?

小池十年は過ぎてますね。「Iターン」って言葉が出る前からいる人もいますし。

達夫入れ替わりもある?

小池それなりには、ありますね。1年くらい働いてみて、出て行かれる人もいる。お試し期間ですかね。

達夫どういう人が定住するんだろう。

飯塚田舎暮らしに、変に高い理想は持たず、でも気持ち的に楽に生きられる人でしょうか。そういう人にとっては、居心地の良い場所ですよ、この村は。

達夫うん、わかるわかる。仕事はちゃんと持って、一所懸命働くけど、都会みたいな世知辛いところはあんまりない。

飯塚結局、仕事ってしなくちゃなんないし、そうすると、結構忙しい時なんかは忙しいです。「ずっとのんびり」的な田舎暮らしを想像していると、少し違うかもしれません。

達夫逆にさ、大きな会社なんかだったら、担当の仕事一つやればいいけど、こっち来ると全部やるもんね。

飯塚そうなんですよ。見方を変えると、「総合職」!

小池一番いいまとめ方。

一同爆笑

何か困ったことが
あればすぐ、
たすけ合える関係を
つくりたいです。

村に帰ってくると「帰ってきたなあ」って落ち着く

小池上野村のいいところは、仕事ありきで人を募集しているところなんだと思います。「田舎暮らしをしませんか」っていう切り口ではないんです。

達夫なるほどね。職場としての上野村なわけね。

小池そう。仕事ありきで来た人の方が、生きがいを持って生活しやすいですよ。

達夫Iターンの方たちに、ずっといてもらう工夫っていうのはある?

飯塚そうですね。知り合いをつくってあげて、なにかと声をかけてあげたり、なるべく(小池)銀ちゃんとかに協力してもらって、違う職場の人、若い人どうしで交流してもらったり。上野村を楽しく、上野村での生活を楽しんでもらおう、っていうことは気をつけてます。

達夫Iターンの人っていうのは、基本的には20~30代の人たちが多いの?

小池20~30代が圧倒的に多いですね。

達夫40代後半くらいは?

飯塚いらっしゃいますよ。以前、転職のフェアで東京に行ってきたんですけど、上野村の農協の募集で、来た人はだいたい年齢の上の方たちでした。都会の仕事に矛盾というか、居心地の悪さを感じている方のように見受けられました。

達夫いやほんとに、都会の生活で見つけられないものが、見つかるかもしれないね。

飯塚最近の観光客の方は、アウトドア志向がすごい高くなっているんですけど、東京とか神奈川から来てる人が多いです。で、上野村に来て、「いいところだね」って感じる人は疲れてるんだと思うんですよ。なんか多分、無意識に自然を求めちゃうっていうか。

小池癒やしかなぁ。でも、ほっとするのは事実だよね。

達夫住んでいる人も?

小池実際、自分は毎日村の外に出かけているんですけど、村に帰ってくると落ち着くんですよ。「帰ってきたなあ」って。

イノブタ事業に参加して

達夫小池さんは、上野村の出身じゃないよね。上野村はどうやって知ったの?

小池いや、それがもう。

達夫え、なんかあったの?

小池そうですねぇ(笑)。
自分はもともと東京の奥多摩にいて、青梅市、それから大学生になってから厚木に。

達夫その頃、上野村に来たことは?

小池社会人になって、バイクに乗ってよく上野村に来ていました。たまたま学生時代の知人の実家が近くで、遊びに寄ったんです。そうしたらそこのご両親から、「上野村でイノブタの飼育をする人がいないんだけど、銀ちゃん来ない?」って言われて。

達夫あっ!リクルートされた?

小池リクルートされたんです。で、その日のうちにイノブタセンター見に行って、採用担当者に紹介されて。

達夫イノブタは、猪と豚をかけあわせた、なんていうのかなぁ、とっても甘くて滋味豊かなお肉だよね。とくに脂が。

小池脂、美味しいです。

達夫もともとは、昭和43(1968)年にはじまったって聞いているけど。

小池その頃から始まって、平成21(2009)年には村営の「いのぶたセンター」で飼育するようになりました。
イノブタは普通の豚に比べてすごく手間ひまがかかるし、繊細なので、大事に育てています。

達夫その手間ひまが、臭みのないお肉を生み出すんだね。イノブタのお肉、村以外ではあまり見ないけど。

小池年間200頭しか生産していません。だから、村以外ではなかなか手に入らないんです。

達夫お肉は、JA上野村とかで買えるんだよね。イノブタを使った餃子とか、カレーとかも。

小池いろいろ工夫しています。販売は、道の駅上野琴平センターやJAマートでも買えます。

達夫いただきましたー。いやほんと、美味しくてご飯がすすむすすむ(笑)。
地元の特産品としてこういうものに目をつけ、40年以上も事業として続けていることに、上野村のすごさ、たくましさを感じるなぁ。
ところで、小池さんは元々、畜産を勉強してたんだっけ?

小池そうなんです。高校、大学と畜産を勉強していたんですが、最初は、畜産業って自分でやるのも設備投資が必要だし、社会勉強のためにも普通の会社の営業やってみようかと。結局大学を出てから3年3ヶ月、営業やりました。

達夫そうなんだ。で、イノブタの採用担当に紹介されて、もうそのまま上野村に?

小池いえ、そのときは面接だけしてもらって、「時期がきたらお願いします」ってことで。でも、1年経たないうちに上野村に来ました。当時は担当者も少なくて、いろいろ試行錯誤して、大変だったけど楽しかったですよ。

達夫当時の上野村の印象ってどうだったの?

小池「山だ」。

達夫うん。「山だ」。(笑)

小池バイク乗るには最高だな、ぐらいに思ってました。

達夫なるほどねー。村以外の人から見れば、そりゃそうだよね。

やりたいことを
明確に、芯を一本
通さないと

埋もれちゃうのではなくて、どんどんチャレンジしていく

小池来てみて思ったことは、「流されてこのまま仕事しちゃまずいな。自分の意志をしっかり持って、やりたいことを明確に、芯を一本通さないと」って思ったんです。

飯塚それはわかります。

達夫流されてはまずい、っていう意味?

飯塚上野村の人って、「平和主義者」なんです。争ったり競ったりしない。いろいろな仕事で、競合がいないじゃないですか。それで済んじゃうわけですよ。お客さんは来るし、お金も取れるし、それに満足しちゃうっていうか。

達夫んーなるほどね。

飯塚私も外に出てるから思いますけど、逆に「これでやるぞ」っていう芯があると、すごく良いものができる。そういう可能性がたくさんあるんです。何となく仕事して、お給料貰えて、まあ、これでいいか、という生き方もありますけれど。

達夫僕も実は会社に入って3年目に思ったんだけど、「あっ、これで一生食えるんだったら、それはそれでいいかな」と思った瞬間があった。あー、こうやって駄目になっていくんだなって。

飯塚そうなんです。だから埋もれちゃうのではなくて、どんどんチャレンジしていく。

小池自分も村で、「こういうふうに変えたらいいんじゃないですか」って、今思えば未熟な意見をけっこう言ってて、だけど響かないこともありました。そこで、「これから自分の人生を、この村の中でどうつくっていくか」、そう考えたとき、まず自分に一本芯を通さないといけないな、と思ったんです。そもそも村のことは好きでしたから、ここで生きていきたい、って強く思っていたので。

中学生のとき、村で海外旅行に行かせてもらって

達夫飯塚さんは上野村のご出身ですね。何年くらい外に出て、帰ってきたの?

飯塚高校から高崎に出ちゃって。そのあと東京に行って、そのあと群馬に戻って。

達夫上野村は何年離れたの?

飯塚15~16年かな。

達夫人格形成の時期と社会人の始まりを、外で経験したら、村に対する見方は変わってくる?

飯塚そうですね。でも私は、出てみて良かったと思っているんです。外での経験が村で活かせるし。

達夫上野村に戻ってきたのはどうして?

飯塚ちょっと不純な理由なんです(笑)。私、ずっと一人暮ししていたんですけど、一人暮しって結構お金かかるじゃないですか。給料もそんなにもらってたわけじゃないから。で、中学生のときに抱いた夢を追い求めるためには、村に戻るのがいいかなって。

達夫中学生の時に抱いた夢って?

飯塚上野村って、中学3年生のとき、全員海外旅行へ行かせてくれるんですよ。

達夫いまも?

飯塚はい、いまも。で、私の時はカナダに行かせてもらいました。1週間。

達夫そうなんだ! それは進んでる!!

飯塚半分ホームステイ、半分はホテルで、いろんなところに行く。で、その時に、カナダって土地が開けてるじゃないですか。上野村みたいに山が高くないから、空が土地と一緒にこう(手を大きく空に広げる)。

達夫広い広い、そうそう。水平線が見える。

飯塚すごい星が綺麗で、自分の真横まで広がる空を見たのは初めてだったから、めちゃくちゃ感動して。 「あー、世界には自分が知らない場所がいっぱいあるんだ」、と。そこから、自分の知らない場所に対しての興味が沸いたんです。だから、海外旅行に行きたかったんですよ。死ぬまでに色々見ておきたいって、ずっと思っていました。
それで、「このままじゃお金貯まんないから、海外にも行かれないし。とりあえず、一回村に帰るか」って。

上野村は「毎年海外に行きたい」というライフスタイルを受け止められる場所

達夫で、村に帰ってくるときには、ちゃんと仕事場は見つけて?

飯塚そのときたまたま上野村の宿泊施設で、「人が抜けちゃって困ってるから、とりあえず来てくれないか」って言われたんで、まずそこ行って、そのままいる、みたいな(笑)。

達夫で、お金は貯まったの?

飯塚貯まりました。で、うちの会社は冬にまとめて休みが取れるので、毎年その期間に、海外に行くようにしています。

達夫じゃあ、自分の思う通りの姿になってるんだ。

飯塚まあ、そうですね。

達夫別にそれ、不純でも何でもないんじゃない?

飯塚いやあ、でもなんか、「上野村のために帰ってきた」、みたいなのがあった方がよかったかなって。

達夫いや、人間やっぱり、基本的に「思い」と「生活」、両方あるんだから、それでいいんだと思いますよ。上野村がね、「毎年海外に行きたい」っていうライフスタイルを受け止められる場所だという証明でもある。

飯塚そうですよね。

達夫「思い」って、絶対必要だよね。軸も必要だけど、軸だけでやってると人間死んでしまう。
一番いいのは、外で見てきた基軸、価値観みたいなものはちゃんと持ってる。で、「なんかこれおかしいな」と思ったら、その基軸や価値観に基づいて行動すればいいだけで、そんな、強い意志を持ってどうこうじゃないほうが…。

飯塚でもなんか、もうちょっとこう、「地域おこし」みたいな動機があった方がよかったかなって。

達夫でも、村のことが好きで、現に村をよくしてこうとしているんだから、素晴らしいと思うよ。
それに「地域おこし」は、やってるうちに自然にそうなっていった、ていうのが一番長続きするし。

飯塚仕事って結局、自分の人生を生き抜くための、手段じゃないですか。

達夫まずは飯食うための手段でもあるし、でも「思い」や「夢」が反映できるのであれば、それはそれでもいい。で、自分のためだけでなく、周りも良くなって行くのだったら、それが一番いいし。

飯塚たしかに。

達夫「思い」や「夢」を持って生きるには、そのための努力と、「思い」を実現するために養った自分の力が必要で、それはどこに行っても一緒なんだよね、きっとね。

小池何をもって「楽しい」って思えるかですよね。

達夫そうそう。飯塚さんの場合は、海外旅行する1週間のために、一所懸命働いて、村も良くなるし、自分自身の生きる一番のものも得ているわけでしょ。そのバランスでいいんじゃないかなぁ。全然いいと思うけどね。

「地方創生」という言葉が生まれるはるか以前から

飯塚うちの会社、Iターンがほとんどなんですよ。8割以上がIターン。

達夫8割!

飯塚だから、あんまり「これやっちゃダメ、あれやっちゃダメ」ってないんですよ。

達夫面白いな。
僕は、黒澤丈夫・元村長のころから、上野村では「村民を残す」んじゃなくて、「上野村を残す」っていうふうに方針を決めたと理解しているんです。
もちろん、村民の方たちの幸せを実現する。そのために、村を残す。
「上野村を残す」って決めた以上は、今の時代に合わせてやらなきゃいけない。

飯塚黒澤丈夫さんって、ずっと先の未来を見て、動いていた。それがすごいなぁ、って思って。

達夫「地方創生」なんて言葉、数年前にできたけど、そんな言葉がなくてもやってたからね、何十年も前に。で、それがこの「230人のIターン」になるには、それだけ時間がかかっている、ということなんだよね。

小池こういう村になっていくには、先人たちはいろいろ大変だったと思います。

達夫「今の自分に一番気持ちいい」という環境は、壊れてほしくないって普通は考える。でも変えなければいけない。そんな時に、変えたくない方々にむかって「変えた方が良い」って理屈を言っても理解されにくい。
実際に、「なんか、前よりずっと良くなったね」っていうことを見せるしかない。
だから神田強平・前村長は8年間、努力されたと思うんです。そういうご苦労をされて、しかも村民の方たちも理解して力を尽しておられるから、僕も、思いっきり応援するんだけど。

飯塚変わるって、難しいですよね。

達夫昔のまんま維持できることはほとんどない。まあ、試行錯誤だからね。失敗は8割、成功は2割でいんだから。そういう感覚、そういう割合で、新しいことをやってかなきゃいけない、と思います。

上野村は「遠い」か「近い」か

達夫なんか新しい、面白いことをやるときに、他の市町村で、「あ、こんなことやってる」っていうのは、興味を持ってみたりする?

飯塚私は結構気にしています。
他の地域のお店を見て、「こういう売店だったら、こういうふうに見せたらいいかな」とか、もう職業病ですね(笑)。

小池自分は仕事柄、ターゲットが外の方ばっかりなんです。売り場を作るにしても、担当者によく言うのは、「絶対に外を見てまわって、それを参考にしないとダメですよ」って。だって、村に来るお客さんは、村の外から来る人がほとんどなんですから。外の目線を基本にしないと、お客さんは定着してくれないと思うんですよ。

達夫外に向けては、どんなふうに発信するの?

飯塚最初に触れた「コタツに入って夜空を眺める」というイベントも、実はずいぶん前からやっていたんです。でも以前は打ち出しがすごく弱くって、もったいない感じだったんです。
他県で、オフシーズンのスキー場を利用して、都内からお客さん呼んで「星を見るバスツアー」をやってるって聞いて、「都内からわざわざ星を見に来る人って、そんなにいるんだ」と思って。だったらもっとイベントの情報を早く出して、もっともっとアピールした方がいいんじゃないかと。
で、Facebookでアップしたり、夏にそのプランを売り出して露出を長くするとか工夫して、去年は前の年の倍以上、お客さんがみえたんです。

達夫なるほどねぇ。冬の予定を夏のうちに知っておけば、頭の中に入るからね。

飯塚で、来てくれた人がFacebookやInstagramにイベントの様子を投稿してくれて、少しずつ拡散するんです。

達夫ここのスペース(芝生の広場)、一晩貸し切りにするっていうのもあるんだって?

飯塚毎年、キャンピングカーをもって来られて、そこでDJもいて、音楽流して、どんどこどんどこパーティーして。

達夫「どんどこどんどこ」!?

飯塚若い人が一晩中盛り上がって、お酒呑んで、星見たりして。ほかのキャンプ場でも、イベントやってました。スクリーン吊るして、深夜の映画上映会みたいなのを。

達夫1家族とか1グループ向けのグランピングも良いねぇ。テント建てて、プライベートスペースにしちゃって、で、他の人は入ってこれない、ってやると、また楽しみ方も増えるよね。

飯塚なるほど。「特別区画」。

達夫で、バーベキューセットや水タンク置いておいて、ここで一日遊べる。電源取って、スクリーンで映画見てもいいし。ラグジュアリーな売り出し方もできると思う。

飯塚流しそうめんとかもやってるんですよ。ここ。

達夫どっから水引いてるの?

飯塚沢の水を引いてるんですよ。

達夫お話を伺っていると、ほんとにいろいろ面白いんだよなぁ。だけど、たとえば高崎にいるとこういう上野村の情報って、なかなか流れてこない。

飯塚それが問題なんですよ。

小池昔のイメージがすごい強いみたいですね。「上野村は遠い」って。いまは、高崎から1時間なんですけどね。

達夫1時間でこの環境の中に身を置けるっていうのは、遠くないと思うなぁ。

山村留学の子どもたちは知っている

達夫「このイベントは、参加した方がいいよ」みたいな、そういうのある?「真冬にコタツで星空」の話が出たけど、他には?

小池「かじかの里学園」を卒業した子が中心で来て、川遊びするんです。上野村をよく知ってるから。それ以外にも、口コミで来た人が子供連れ、家族連れで。

達夫あ、「かじかの里学園」!1年間、上野村に山村留学するんだよね。小学生から中学生まで?

小池そうです。勉強はもちろんですけど、1年間、上野村で思いっきりアウトドアを満喫するんです。登山したり、川遊びしたり。1年間、子どもたちは親元を離れて共同生活をするから、都会の学校では得られない結びつきっていうか、卒園後もすごく仲がよくて、大人になってもみんなで村に遊びにくるんです。

達夫いいよね、本当に。そういう子たちは、遊び方も場所もよく知っているわけだ。

飯塚サマーフェスティバルでは、川の近くに巨大な池掘って、そこに魚を放して、つかみ取りをします。

達夫川遊びってさ、たとえば神流町は「鯉々ランド」、「神流の涼」をやる。遊びにくるポイントが最初からある。いっぺん来れば、あーそうか、こういうところだからまた来よう、となる。上野村の場合は、どこが川遊びのポイント?どこからアプローチするのかっていうのも、大事だと思うんだよね。

小池確かに。村の人は勝手に川に降りて遊ぶけど、外の人はどこに入っていいんだろう、って思っちゃう。

達夫外から見たときに、じゃあ、どこが遊ぶポイントなのか。山の遊ぶポイントはけっこうあるんだよね、不二洞もあるし。あそこの長い滑り台も面白い。
で、道の駅でたらふく食べる(笑)。
だけど、川遊びのイメージが少ない。川の近くで、「あそこに行けばとりあえず、こういう遊びが出来る」ってわかると、通りがかりで行ける。

飯塚川遊びの仕方っていうことですね。

達夫都会の人たち、あんまり川、知らないですよ。ほとんど川で遊んだことがない。

飯塚浮き輪して流れると面白いんです。ガラスの箱メガネを持って水中を覗きながら流れると、魚がいっぱい見える。

達夫そういうのって、いいよねぇ。あと、フェスティバル、あるよね。

小池「サマーフェスティバル」と「上野村フェスティバル」。「上野村フェスティバル」は、ゴールデンウィークですね。ヴィラせせらぎ広場で、木工家の方たちが自分でテント張って、自分でつくった商品を販売したり、あと、自分らも飲食物とか、出店をやるんです。

達夫来場者、すごいよね。

小池これ目的で来られる方がかなりいらっしゃいますね。自分も出店していて、時間が出来るとふらっと歩いて回ってみるんですが、すごく雰囲気がいい。イベントとしては、上野村で自分は一番じゃないかな、と。
あと、「ふるさと祭り」は演歌歌手も来て、お年寄りでも楽しめます。

人どうしが近くて優しい

達夫職場として、住む場所としての上野村は、どういう利点がある?

飯塚子育て世代にいいんじゃないですかね。保育園とか安いです。3歳から5歳の通常の保育だと、月に2500円なんです。

達夫えーっ!

小池全体的に、生活支出はすごい抑えられる。

飯塚給食費もタダですし、18歳まで医療費も無料。あとは水道代が安い。2か月で、家族構成にもよると思いますけど、3~4千円くらい。

小池一人暮らしなら、2か月で1200円とか。

飯塚1か月600円くらいみたいです。

達夫いざ来て仕事をやるとなると、就職先はどんな感じ?

小池勤め先だったらもう、どこも奪い合いになる。

達夫あっ、ほんとうに。

飯塚ただし、自分が本当にその仕事をしたいのか、うまくマッチングしないと。

小池1回相談してもらえれば、「ここの仕事だったら、あなたの希望に合うんじゃないか」って、ご紹介できます。

達夫どういうところに相談をすればいい?

小池まずは役場でいいんじゃないかな。でも、一番いいのは農協にこっそり来てもらえれば、こっそり引き抜いちゃう。(笑)
まずは役場に電話していただければ、定住政策担当の人がいるので、お話ししてみると、ここでの生活のことがよくわかります。

達夫さっき、小池さんも飯塚さんも、「一本芯を持ってなきゃいけない」、と言ってましたが、やはり「ここに住むんだ」っていう何か持ってないときつい部分はある?

小池やっぱり、熱意とかそういうものがあって、自分がどういう事をやりたいのか、定着するまでは気持ちを強く持つほうが、結果はいいですね。
ただ、ひとりぼっちで心細くなる人もいると思いますが、その辺は少し安心していいかも。自分なんかここに来てから、近所の方がいつもお世話をしてくれて。もう毎週ご飯呼んでくれたりとか。で、上司にも恵まれて。

達夫ここで人生を過ごしていくんだ、っていう意味では、自然はもちろんだけど、いろいろな生活環境も非常にいいよね。

小池いいと思います。すごくいいと思います。もちろん自然は一番。仕事で村の外に出て、帰ってきて、「あ、やっと帰って来たな」って気持ちになれる場所。あと、人どうしが近くて優しい。

飯塚いい人がとっても多い。これは言えます。

達夫そういう意味でも、上野村は本当に、外の人間に対してオープンだよね。

飯塚昔はIターンの人と多少行き違いみたいなことはあったようですが、いまはほとんど聞きませんね。

仕事第一ではなく日々を愉しむ

達夫地域で共同作業みたいなことって、どんなものがあるの?

飯塚河川清掃とか、お祭りとか。

達夫頻繁にあるの?河川清掃とか。

飯塚いや、年に数回です。

小池あと、お祭り1回。あっ、スポーツ大会も。

達夫地域でスポーツ大会あるの?

小池バレーボール、それからソフトボール。

達夫ちょっとまって、参加者の平均年齢いくつ?

小池40~50歳くらい。

飯塚若い人も出ますよ、30歳くらいから。

達夫冠婚葬祭やお祭りはわかるけど、スポーツ大会っていうのはすごいね。

飯塚運動会は村民全員なんですけど、平気でお店休んじゃう。めいっぱい楽しんじゃう(笑)。

達夫はははは!

小池これ、数年前、大問題になったんです。

達夫どうして?

飯塚食べるところは村民の人が働いてるから、みーんなお店が休みになっちゃうんですよ。

達夫なるほど。観光客が来ているのに、お店が開いてない(笑)。

小池苦肉の策は、せんべい食い競争でゴールしたら、そのままレストランに行く。で、ウエイターする。運動会の出るところだけ出る、みたいな。

達夫競技と競技の合間に仕事する?

小池そうです。

達夫そりゃすごいね。

小池仕事が第一じゃない。その自由さっていうか、日々を愉しむことに関しては、上野村は面白いと思いますね。

上野村はバイクで走るには最高の道

達夫二人の目から見て、上野村でまだ、やり尽くされてないなあって思うことって、何かある?

飯塚全部ですよね。

達夫全部?全部か!

小池全部。達夫さんから見て、どうですか?

達夫そうだなぁ。例えばさっき言ったみたいにね、僕、川を活用する部分ってまだ全然活かされてないと思ってる。山もね。
さっきも言ったけど、川遊び、山遊びはじめ、自然の中での遊び方が、都会の人たちはわかんない。そこへの入り口が、今は、「フォレストアドベンチャー」が出来て、「ヒーリング」やっていて、っていう2つ以外、実はあんまりないのね。

飯塚そうですねえ~。

達夫藤岡の日野にも、川沿いのすごい良い雰囲気をたたえた街道があって、その奥には、昔の鉱山の跡とかある。それって観光地化したら、僕なんかいいなあって思うんだけど、上野村ってそういうところないのかな?昔の遺構的なもの。

小池ただ史跡見るだけだとなあ…。

達夫ちょっとそれだけじゃ面白くない。何か体験しないと面白くない。

飯塚ケービングとかは結構あるんですけど。それは、他の地域の業者さんが来てやってます。

小池あっ、あった、バイク。バイクの人、当たり前に来るんですけど、上野村の人は、「バイクは通り過ぎるものだ」と思っちゃってるんですよ。バイク乗る人からすると、上野村は食べ物もないし、飲み物も缶コーヒーくらいしか無いんですよ。

達夫買って帰るお土産も?

小池お土産もあんまりないし。で、バイクの駐車場も無い。それは昔から思ってて、住む前に何十回も来た事あるのに、蕎麦屋で1回食べたことあるくらいなんですよ。

達夫そうなんだ。

小池道は最高なんですけど、お金落とすところがなかなか無い。

飯塚何ならお金落としたいの?

小池簡単な軽食系とか、あと何か、ネタになるものが欲しいんですよ。最近、ソースかつ丼っていいなって思ってるんです。

達夫飯塚あー。

小池ずっと前から、「〈デカ盛り〉やってくれ」って言っているんです。

達夫群馬県内だけでもいいから、ライダーの人たちの話を聞いて回ると、いろんな意見を聞けそうだね。

小池上野村は走るには最高の道なんです。高速カーブがずっと続く、気持ちいい道なんです。

「とにかく一度、上野村に来てください」

達夫いろいろお話お聴きしてきたんだけど、上野村が持っているポテンシャルの高さを感じました。
村が持っている価値を懸命に引きだそうとした黒澤丈夫さんら歴代の村長さん、そして村人のみなさん。中でも、きょうのお二人のように、若い人たちが盛り上げていこうとしているのをお聴きできて、本当に良かったです。
何度も上野村にお邪魔してるけど、そのたびに新しい発見があって、しかもそれが、他の地域のために役立つヒントも多い。

小池自分らは逆に、外から学ぶことが多いし、外からどんどん良いものを吸収していきたいですね。

達夫そこが、上野村の強さなんだろうなぁ。

飯塚この村から出て、村の良さがわかって、この村に帰って、村の良さをさらに実感しています。だからこそ、もっともっと上野村を多くの人に知ってもらいたい。上野村の良さを、感じてもらいたい。とにかく一度、上野村に来てください!来ていただければ、村の素晴らしさを感じていただけると思います。

小池ぜひ!お待ちしています。

達夫僕もまた、伺います!!きょうは、ありがとうございました。

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