「この国には、まだまだたくさん、手つかずの資産、可能性があるんです」
 福田達夫の話はどれも、熱に満ちている。
 それはおそらく、緻密な考えの上に、夢を夢で終わらせないという強い意志があるからであろう。
 だから彼の視野が面白い。はるか上空から「世界の中の日本」を眺めながら、ちゃんと地元の経済を深掘りする。
 いったい、どうしてこんな考え方をするようになったのだろうか。
 福田達夫の思考について、探ってみた。

●「治」の政治家
 平成二十九年の夏まで、福田達夫は自由民主党の農林部会長代理だった。
 部会長は、小泉進次郎。
「悍馬(かんば「暴れ馬」)のような人でした」
 とにかくやたらと突撃をしていく小泉部会長のもとで、達夫は忠実な部下であると共に、時に兄になり、良き相談相手、アドバイザーにもなった。
「政治には『治と乱』がある。僕は自分では『治』の政治家だと思っています。話を積み上げて、課題を解決し、関係のある所と調整をしながら前進させ、最後は政策として実現していく。政治は壊すだけではだめで、大事なのは形にすることだと思います」
 「縁の下の力持ち」だから、福田がテレビに出たり、新聞や雑誌に大きく取り上げられることは少ない。しかし、その努力のおかげで、濃密な人間関係が築けたという。
「お互い、想いは同じです。いい国にしたい、国民のために働きたい。方向性が違うだけならば、説得して味方になってもらえる。そうやって、時に激論を交わした相手が、あとになって強い絆で結ばれることもあるのだと感じました」
 

●幸福感が少ない理由
 福田は初当選以来、中小企業政策を大きな柱として、一貫してやってきた。
 そこには、福田の視野の広さや深さを知るヒントがある。
「なぜ日本人には幸福感が少ないのか」
 それが出発点だった。

 世界第三位の経済大国で、各種の経済指標も他国と比べ決して悪くない。人間性も素晴らしいし、治安も安定している。
 しかし。

「八割の方は、大企業ではなく中小企業で働いている。そして約八割の方が都市部ではなく地方で暮らしている。つまり、中小企業や地方が豊かでなければ、全体として日本の幸福感は上がってこないんです」

 どうやったら人が豊かさを感じられるのか。その柱の一つが、中小企業政策であった。
 日本の中小企業は劣っているのか?
「とんでもない。たとえば、自動車や弱電関係の部品をつくるスキルなど、日本でなければ不可能というものがたくさんある。それはサービスにしても農業にしても同じです。ただし、『売る』ということに力を注いでこなかった。系列に入っていれば、売り先は決まっているわけです。しかし、それでは難しい時代を迎えている」

  

●稼ぐ流れ(商流)をつくる
 福田がいた商社の例で、稼ぐ構造が大きく変わったことを話してもらった。
「商社は十年に一度、『冬の時代』が来ます。むかし『九大商社』といっていたのが今では『四大商社』になった。それは、『冬の時代』を超えたかどうかに関係している」
 福田のいた商社は、小麦粉を扱う中で、新たな「稼ぐ流れ」(商流)をつくった。
「以前は、輸入した小麦を製粉会社に売って、稼ぎはその時の手数料だけだった。それを、まず小麦を輸入し、製粉会社を数社集めて生産性の高い製粉企業群にし、そこで一度稼ぐ。次に、製粉をパン屋さんに売って二度目の稼ぎに。さらに、つくったパンを商社の傘下にあったコンビニに売って、三度稼ぐ。最後は、このコンビニでお客さん情報を手に入れ、次はどんな商品が求められているのか、というところで四度目の稼ぎになる。量ではなく、大きな流れ(商流)をつくって稼いだわけです」
 どうして、そんなことを考えついたのか。
 目の前の課題、目の前の利益だけではなく、根本的に、「そもそもなぜ儲からないのか」と考えたからこそ、商売全体の流れを見直せた、と福田は言う。
「何か問題や課題があったとします。我々はその問題だけを解決しようとする。しかし本当の原因はもっと流れの源流にあるのかもしれない。流れ全体で、問題を見なければいけないと思います」
 

●信義則に反する
 福田が中心になってとりまとめた政策の中に、「下請中小企業振興法」の見直しがある。
 大企業による、信義則に反する値下げ要求をさせないようにする法律である。
「もちろん、理不尽な要求はいけない、という意味もある。しかし、大企業側に立ってみても、信義則に反する『値下げ要求』は良いことではないんです」
 自動車を例に話してくれた。
「自動車をつくっている会社がある。そこに部品を納めている下請協力会社がある。この下請会社の社員さんたちに、自社の車を買ってもらいたい、乗ってもらいたいと思いませんか、と。理不尽な値下げで、なるほど安く車はできるかもしれない。でも、安くした分、下請の部品会社は給料を下げる。下がった給料で車が買えますか?」
 しかし、世界での競争に勝たなければならないという現実もある。
「当然です。でも、他方で日本国内の市場をもっと考えるべきです。先進国で一億人を超えているのはアメリカと日本だけです。日本の一億二六〇〇万人の所得が高ければ、国内でお金が回る。お金が回れば、経済は良くなるんです。いわゆる『下請いじめ』は、実は自分の首を絞めることにもつながる」
 

●対話によって生まれる
 「血の通った政治」
 かつて商社マンとして、冷徹な経済の最前線で戦いながら、いま政治家としての視点が、「そこに働く個々の人々」に向くのはなぜなのだろう。
「僕は、頭で考えて確信を持って仕事する部分と、感情で動く部分の両方があります。いまの立場になって思うのは、働く方、地域で生計を立て、子育てをし、会社を経営し、あるいは農地を耕す、その個々の方たちの生の声が、課題の本質を突いている時がある。数字には表われない人の気持ちや問題意識を、どう政策に、形にしていくのか。そのためには、個々の方からお話しを伺い、現場を見ることしかないと思います。これからもずっと、この姿勢を続けていきたいです」
 使い古された言葉かもしれないが、福田の「対話こそ政治の基礎」という考え方は、「血の通った政治」を連想させられた。

「この国には、まだまだたくさん、手つかずの資産、可能性があるんです」
 福田達夫の話はどれも、熱に満ちている。
 それはおそらく、緻密な考えの上に、夢を夢で終わらせないという強い意志があるからであろう。
 だから彼の視野が面白い。はるか上空から「世界の中の日本」を眺めながら、ちゃんと地元の経済を深掘りする。
 いったい、どうしてこんな考え方をするようになったのだろうか。
 福田達夫の思考について、探ってみた。

●「治」の政治家
 平成二十九年の夏まで、福田達夫は自由民主党の農林部会長代理だった。
 部会長は、小泉進次郎。
「悍馬(かんば「暴れ馬」)のような人でした」
 とにかくやたらと突撃をしていく小泉部会長のもとで、達夫は忠実な部下であると共に、時に兄になり、良き相談相手、アドバイザーにもなった。
「政治には『治と乱』がある。僕は自分では『治』の政治家だと思っています。話を積み上げて、課題を解決し、関係のある所と調整をしながら前進させ、最後は政策として実現していく。政治は壊すだけではだめで、大事なのは形にすることだと思います」
 「縁の下の力持ち」だから、福田がテレビに出たり、新聞や雑誌に大きく取り上げられることは少ない。しかし、その努力のおかげで、濃密な人間関係が築けたという。
「お互い、想いは同じです。いい国にしたい、国民のために働きたい。方向性が違うだけならば、説得して味方になってもらえる。そうやって、時に激論を交わした相手が、あとになって強い絆で結ばれることもあるのだと感じました」
 

●幸福感が少ない理由
 福田は初当選以来、中小企業政策を大きな柱として、一貫してやってきた。
 そこには、福田の視野の広さや深さを知るヒントがある。
「なぜ日本人には幸福感が少ないのか」
 それが出発点だった。

 世界第三位の経済大国で、各種の経済指標も他国と比べ決して悪くない。人間性も素晴らしいし、治安も安定している。
 しかし。
「八割の方は、大企業ではなく中小企業で働いている。そして約八割の方が都市部ではなく地方で暮らしている。つまり、中小企業や地方が豊かでなければ、全体として日本の幸福感は上がってこないんです」

 どうやったら人が豊かさを感じられるのか。その柱の一つが、中小企業政策であった。
 日本の中小企業は劣っているのか?
「とんでもない。たとえば、自動車や弱電関係の部品をつくるスキルなど、日本でなければ不可能というものがたくさんある。それはサービスにしても農業にしても同じです。ただし、『売る』ということに力を注いでこなかった。系列に入っていれば、売り先は決まっているわけです。しかし、それでは難しい時代を迎えている」

●稼ぐ流れ(商流)をつくる
 福田がいた商社の例で、稼ぐ構造が大きく変わったことを話してもらった。
「商社は十年に一度、『冬の時代』が来ます。むかし『九大商社』といっていたのが今では『四大商社』になった。それは、『冬の時代』を超えたかどうかに関係している」
 福田のいた商社は、小麦粉を扱う中で、新たな「稼ぐ流れ」(商流)をつくった。
「以前は、輸入した小麦を製粉会社に売って、稼ぎはその時の手数料だけだった。それを、まず小麦を輸入し、製粉会社を数社集めて生産性の高い製粉企業群にし、そこで一度稼ぐ。次に、製粉をパン屋さんに売って二度目の稼ぎに。さらに、つくったパンを商社の傘下にあったコンビニに売って、三度稼ぐ。最後は、このコンビニでお客さん情報を手に入れ、次はどんな商品が求められているのか、というところで四度目の稼ぎになる。量ではなく、大きな流れ(商流)をつくって稼いだわけです」
 どうして、そんなことを考えついたのか。
 目の前の課題、目の前の利益だけではなく、根本的に、「そもそもなぜ儲からないのか」と考えたからこそ、商売全体の流れを見直せた、と福田は言う。
「何か問題や課題があったとします。我々はその問題だけを解決しようとする。しかし本当の原因はもっと流れの源流にあるのかもしれない。流れ全体で、問題を見なければいけないと思います」

●信義則に反する
 福田が中心になってとりまとめた政策の中に、「下請中小企業振興法」の見直しがある。
 大企業による、信義則に反する値下げ要求をさせないようにする法律である。
「もちろん、理不尽な要求はいけない、という意味もある。しかし、大企業側に立ってみても、信義則に反する『値下げ要求』は良いことではないんです」
 自動車を例に話してくれた。
「自動車をつくっている会社がある。そこに部品を納めている下請協力会社がある。この下請会社の社員さんたちに、自社の車を買ってもらいたい、乗ってもらいたいと思いませんか、と。理不尽な値下げで、なるほど安く車はできるかもしれない。でも、安くした分、下請の部品会社は給料を下げる。下がった給料で車が買えますか?」
 しかし、世界での競争に勝たなければならないという現実もある。
「当然です。でも、他方で日本国内の市場をもっと考えるべきです。先進国で一億人を超えているのはアメリカと日本だけです。日本の一億二六〇〇万人の所得が高ければ、国内でお金が回る。お金が回れば、経済は良くなるんです。いわゆる『下請いじめ』は、実は自分の首を絞めることにもつながる」

●対話によって生まれる
 「血の通った政治」
 かつて商社マンとして、冷徹な経済の最前線で戦いながら、いま政治家としての視点が、「そこに働く個々の人々」に向くのはなぜなのだろう。
「僕は、頭で考えて確信を持って仕事する部分と、感情で動く部分の両方があります。いまの立場になって思うのは、働く方、地域で生計を立て、子育てをし、会社を経営し、あるいは農地を耕す、その個々の方たちの生の声が、課題の本質を突いている時がある。数字には表われない人の気持ちや問題意識を、どう政策に、形にしていくのか。そのためには、個々の方からお話しを伺い、現場を見ることしかないと思います。これからもずっと、この姿勢を続けていきたいです」
 使い古された言葉かもしれないが、福田の「対話こそ政治の基礎」という考え方は、「血の通った政治」を連想させられた。